卓話時間
第1177例会
2003年09月22日 (月曜日)
- タイトル :
- 放送あれこれ
- 卓話者 :
- 中国放送 アナウンス室長 川島宏治氏
・中国放送 アナウンス室長 川島宏治氏
アナウンサーを目指している人の10人中9人までは小学校時代からアナウンサーになる事を夢みて、その訓練をしています。学生時代は放送部に所属しアナウンスコンテストにチャレンジしたり、学園祭ではDJを買って出たりした経験を持っています。
アナウンサー採用試験時では「アナウンサーになる事」が絶対条件であり、どこの会社かはあまり問題にしていません。よって北は北海道から南は沖縄まで全国津々浦々まで就職活動にかけめぐる人も多いようです。
私は放送研究会に所属していたもののラジオ放送ドラマの脚本を書いていたので、あまりしゃべりに係わっていませんでした。大学4年時、友達から「アナウンサー試験を受ける為養成学校に行こう」と誘われ、何の気なしに基礎コースだけ受講しました。
結果的には放送局のみの就職活動でしたが、何故か放送局のアナウンサーとして合格してしまったのです。大学受験はあんなに苦労したのに、就職はあっけなく決まってしまいました。本当に運が良かったとしかいい様がありません。
しかしアナ技術が未熟だった為、RCC入社後大変苦労しました。普通新人は入社後3ヶ月でニュースか天気予報で放送デビューを果たします。業界用語で「初鳴き」といいます。私は半年たってもデビューが果たせず、やっと声が電波にのっても、夕方のナイター枠付けコメントのみ。まさに給料どろぼうでした。
数年後テレビの朝ワイド番組の広島中継パートを担当していた時、東京TBSの総合プロデューサーが「各局ともアナウンサーくさいしゃべりをするタイプばかりだが、RCCの川島はアナらしくなく普通っぽいのが新鮮」と評価して下さり、株が一気にあがりました。昔からカープファンだった私はカープの実況中継がしたくてスポーツアナになりました。なかなか名前を覚えてもらえないのでカープの裏方さんも含め各人の誕生日を調べ、
球場に行く度に「OOさん誕生日おめでとうございますRCCの川島です」と連呼していたらやっと「かわった挨拶をしてる奴」として認知されました。
スポーツの実況は目で見たモノを即描写しなければならず、間違いも結構あります。
昔、阪神タイガースにいたバースがゴロをさばきベースをふむ実況でバースとベースを取り違え「ベースがボールをとってバースを踏んだ」としゃべったアナがいましたし、駅伝でアンカーが「白いテープをきってゴールイン」を「テープをきってホームイン」と実況した人もいました。私も駅伝で「マツダと言うチームは今年けが人が多い」と言えばよかったのに「マツダ故障者続出」と言ったため「故障車」と勘違いされ、スポンサーにご迷惑をおかけしてしまいました。申し訳ありません。
スポーツアナ時代はカープの2度の優勝実況も経験し、カープドミニカアカデミーの取材の為、ドミニカにも行かせて頂くなど、貴重な体験をさせてもらいました。
ところがある日上司に呼ばれ急に夕方のテレビワイド番組のキャスターを担当する事になりました。毎日テレビに出ている為、どこにいっても指さされ「はずかしい思い」をしました。また寄付金や募金もミエをはって100円でいいところを1000円出してみたりするもので「お金」もかかりました。
よく「川島さん人前でよく緊張しませんね」と聞かれますが、同じ人間ですからやはり
緊張感はあります。慣れが大きいのです。上手くしゃべる為には起承転結の起、つまり話の導入部を短くする事です。日本昔話の桃太郎を思い出して下さい。昔々あるところにおじいさんとおばあさんがすんでいました。という極端に短い導入部(起)です。その後おばあさんは即、川へ洗濯に行き、即、大きな桃がドンブラコと流れるすごい展開になるからこそ子供がわくわくしながら聞いてくれるんです。参考になさって下さい。
21世紀、デジタル時代と言われますが人と人との関係は永遠にアナログです。
これからは「短く判りやすい話し方」がますます重要になってくるでしょう。
アナウンサーも今までの概念をすて「型はあるが、そのスタイルにとらわれない柔軟さ」
が要求されます。