卓話時間
第1290例会
2006年05月08日 (月曜日)
- タイトル :
- 日本人の美意識のルーツ「王朝文化と絵巻物」
- 卓話者 :
- 若山裕昭君
現代の日本人の美意識はどのような過程を経て形成されているのでしょうか?
それには日本の文化史の変遷に目を向ける必要があります。
まず近くは、戦後のアメリカ文化の氾濫でしょう。アメリカの占領政策の一環として日本中にコカコーラやミッキーマウスなどを定着させた影響を我々は否応無しに受け、その前は幕末・明治維新のヨーロッパ文化との接触や文明開化などで西洋文化への傾倒は始まり、それは今でも脈々と息づいています。
しかし、それらは現代の日本人の美意識の一部を形成しているに過ぎません。
日本には有史以前よりユーラシア大陸より伝播した多様な文化が有り、日本人は膨大な時間と手間ひまをかけて日本独自の文化に成熟させてきました。その成熟の過程で江戸時代の「鎖国」は大きな意味を持っています。約250年続いた「鎖国」は他国の文化の影響を最小限に止め、日本古来の文化の研鑽に励んだ時代と言えます。美術、工芸、文学のあらゆる分野であらゆる「和」の表現技法が考察され、その成熟に心血を注いだ時代です。「鎖国」の終わり、すなわち江戸時代の末期には爛熟した日本文化が存在し、そのクオリティーの高さに西洋諸国は驚愕しました。しかし残念な事に日本文化の質の高さを冷静に判断できる日本人は当時多くなかったのも事実です。
また、「茶の湯」において「わび」「さび」の美意識を持ち、茶道を精神的に高めた利休の感覚は、その後の日本人の美意識に少なからず影響を与えています。
さて、奈良、東大寺の正倉院には奈良時代の聖武天皇の御物を宝物として納められています。その宝物は「天平文化の華」として広く知られていますが、その多くはシルクロードで結ばれた地域の文化の影響を受けた品々で、今で言う輸入品のコピーがほとんどです。「唐」「ペルシャ」等の影響を色濃く残した宝物です。まだ「和」の文化を感じるものではありません。正倉院を出発点とした「和」の文化形成は、その後400年間続いた平安王朝時代のたゆまざる研鑽において一応の完成を迎えたのです。この平安時代末期に華開いた王朝文化が日本人の美意識のルーツになっています。この時期には今で言う「和」の古典の名品が数多く制作されており、その代表的な作品群に「絵巻物」が存在しています。国宝「源氏物語絵巻」国宝「平家納経」等は日本独自の美意識で制作された美術品です。「源氏物語絵巻」は独特の画面構成「吹抜屋台(ふきぬきやたい)」や人物表現「引目鉤鼻(ひきめかぎはな)」で表現されており、世界中の絵画表現技法においても日本独自の表現方法です。「平家納経」は見返しの描写形式はやまと絵風、教典絵風と幅広く、写経には色とりどりの顔料、金銀泥を使用し、料紙には金銀箔や雲母、軸の装飾には精巧な彫金細工が施されています。これらは平安宮廷人の「みやび」であり、まさしく王朝文化の爛熟した美です。