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第1309例会

2006年10月23日 (月曜日)

タイトル :
ロータリーの始まりと職業奉仕
卓話者 :
第2710地区パストガバナー 土肥浩右様

職業奉仕委員会理事 迫田勝明君

紹介者である職業奉仕委員会理事の迫田勝明君から、卓話者土居浩右氏の紹介と本日の卓話内容についての説明があった。

第3710地区パストガバナー 土肥浩右様

「ロータリーの始まりと職業奉仕」
アメリカ東海岸の北部にニューイングランド地方という地域があります。これは、コネチカット、マサチューセッツ、ロードアイランド、ニューハンプシャー、バーモント、メインの6つの州を総称した地方のことであります。
 この地方をなぜニューイングランドと呼ぶのかといいますと、これはこの地方に住む人々の祖先が英国イングランドから移住してきた人々であるからです。
 1620年(今から400年前)イングランドの清教徒の人たちは、英国国王による宗教上の迫害から逃れるため、メイフラワー号に乗って祖国を脱出。新天地アメリカをめざしました。
 アメリカ東海岸にたどりついた人々は、その後、祖国イギリスと二度にわたる独立戦争を戦い、更には奴隷制度をめぐって対立した南北戦争を戦い、悲劇窮乏のどん底においこまれながらも、不屈の精神をもって民主国家アメリカ建国の原動力になるのであります。

 想像を絶する苦しみの中から生まれた清教徒の人々の生活信条は、質素、勤勉、誠実、寛容、人間愛であった、と云われています。
 この生活信条は、ロータリーの心に通じるものである、と私は思っています。言い換えるなら、100年前にロータリーは生まれた、と云われていますが、ロータリーの心の源流は、それよりも早く400年前にすでに育ちつつあったのではないか?と思われるのであります。
 ロータリーの始祖ポールハリスの祖父ハワードハリスと、祖母パメララスチンは、この清教徒の子孫でヴァーモント州ウォーリングフォードという小さな村に先祖の誇りと伝統をひきづぎながら、つつましく生きていたのであります。

ポールハリスは1868年4月19日、ミシガン湖畔のラシーヌという町に生れるのでありますが、この町に住んだのはわずか3才まででありました。
 両親に生活能力が欠けていたため、やがて一家は破産してしまい、ポールは兄のセシルと共に、ウォーリングフォードに住む祖父母のもとに引きとられることになるのであります。
 結局、ポールハリスは3才から19才までの多感な時代をこのウォーリングフォードに住み祖父母に育てられました。
 ポールハリスを預かった時、祖父はすでに72才、祖母は60才であったといわれます。
 しかし、二人ともポールを厳しく、良く育てました。ポールハリスは長ずるにおよんで祖父母の抱くキリスト教の理念や、人類同胞に対する尊敬の念を受けつぎ、思いやりのある青年に成長したのであります。
 他人に対する寛容、思いやり、やさしさの心をポールハリスはこの祖父母から学びました。
 ロータリーの始祖、ポールハリスの人格形成と資質は祖父母、ハワードハリスとパメララスチンから植えつけられたものであります。
 この意味からも、この二人はロータリーの基礎を築いた功労者である。といって過言ではない。と私は思うのであります。
ポールハリス晩年の著作にMy Road to Rotary“私のロータリーへの道”という300頁の大作があります。
 この本は42章から成っておりますが、本の大部分、30章まではウォーリングフォードの人情や美しい自然が描かれております。
 ロータリーへの道を語る創始者、晩年の著作がニューイングランド地方の人々の善意や、山や川など自然に祖父母に対する愛の讃歌でうずまっているのであります。
 1871年7月の暑い夜、父に連れられた兄弟は、ラシーヌからの長い旅を続けたのち、深夜のウォーリングフォード駅に降り立ちます。本のなかでその時の情景をポールは次のように書いています。
 駅は真暗だったが、線路のずっと先の方に唯一つ、ポツンと小さな光の輪が明滅していた。近づいてみると、その先の真ん中に背の高い人が立っている。
 息子と孫達を出迎えにきた祖父ハワードハリスその人であった。私の小さなこぶしを握りしめた祖父の手は、私が知っているうちで一番大きく、一番しっかりしていて、一番暖かい手、その巨大な親指は幼児がしがみつくのに格好の把手だった。・・・
“この美しいニューイングランドの谷に到着した夜の神聖な出会いは、生涯忘れ得ない永久の記憶として私の胸に刻みこまれるであろう。”
ポールはこのように述憶しているものであります。
 私は、ロータリーは、このポールハリスと祖父母との出会いから始まったのである。と考えています。
 事実彼はこの本の序文で次のように書いているのであります。
 私の70余年の人生で、大切なものが二つあります。それは故郷ニューイングランドの谷間と、ロータリー運動です。
 ロータリーは、最初は予想もされなかったような世界的な運動に発展しましたが、私がロータリーに身を捧げるようになった源をさぐってゆくと、それはウォーリングフォードの谷あいの故郷と、そこに住む人々の人情、宗教や政治に対する寛容な心づかい。そこまで遡ってゆくのです。
 見方によれば、ロータリーは私の故郷の谷間で産声をあげた。と云って良いでしょう。
 ポールが後年アイオア州立大学法学部に入学した時、祖母パメララスチンは云ったそうであります。
 ポール、あなたは世の中の人々に大きな借りがありますよ。一人前になった今、一生懸命働いてその借りをお返しするような立派な生活をしなければなりません。
この祖母の言葉こそがロータリーの心であり、ロータリーのルーツであると私は思うのであります。
 1905年2月、ポールハリスと三人の仲間は、寒風吹きすさぶシカゴの町で、ロータリーの構想について語り合った。と云われております。
 四人で最初に語り合ったものは、人と人との心をつなぐグループの結成でありました。
 ポールハリスは、“お互い信用のおける友人と取り引きできるような組織を作りたい。”と云ったそうであります。
 これは一口で云うならビジネスと友情を結合させるということであります。当時はそんなことをいう人は全くいませんでした。
これを実現するために、ポールは先ず一業種一会員制を打ち出すと共に、ロータリーの会員となるため
には、良心的で、信用のおける企業人であることが必要であると力説したのであります。
 “良心的で、信用のおける企業人をめざす団体。”つまりロータリーは企業における良心からスタートしました。
 この初期の時点でロータリーにはすでに職業奉仕の種子が内臓されていたのでありましょう。
1908年シカゴR.C.にアーサーF.シュルドンが入会します。
 販売学の大家であったシュルドンは、職業奉仕委員長に任命され、2年がかりでロータリーの職業奉仕理論を確立するのであります。
 シェルドンの奉仕理論については、時間の関係で省略いたしますが、その奉仕理論を端的に述べたものがHe profits most who serves best “最も良く奉仕するもの、最も多く報いられる” であるのはいうまでもありません。
 ちょうど同じ頃、ミネソタ州ミネアポリスR.C.にフランクコリンズという会員がおりました。彼は、果物の卸商でありますが、ロータリーは自分のためにあるのではない、ロータリーは他人の幸せのためにあるのだ。と主張してService not Selfと唱えました。後のService above Self超我の奉仕がこれであります。
 二人の言葉は、1911年の年次大会で大会決議として満場一致で可決されました。
 この2つの言葉は、その後40年を経て、1950年、正式にロータリーの標語モットーに定められました。しかしながらコリンズは1921年、30才の若さで病死、シェルドンは1930年、何故かロータリーを去っております。
 二人共、自分の考案した言葉が正式にロータリーの標語に採用されたことを知らずして夭折したのであります。

 ともかくこの1911年の年次大会を境にしてロータリーは理論的に一段と成長しました。これを契機としてロータリーは、職業人の倫理運動へと発展してゆくのであります。
 人のため、社会のために奉仕するためにはロータリアンは如何にあるべきか?
 ロータリアンの資質と品格が問われるようになりました。
 今でいう質か、量かの問題がすでにこの時問われるようになっていたのであります。
 以上のような背景から生れたのが1915年サンフランシスコの年次大会で決議された「全分野の職業人を対象とするロータリー倫理訓」であります。
 一般に、職業倫理訓と呼ばれ、別名道徳律とも云われております。
 この倫理訓は1913年、時のR.I.会長Russel Gleimer氏の提唱により、アイオア州スーシティR.C.が2年がかりで起草したもので、全文11の項目からなり、きわめて格調高いものであります。
 本日、その日本文、英文をコピーして皆さまにお渡ししておりますが私は、この倫理訓こそが職業奉仕のバイブルである。と思っております。
 この中には、私達ロータリアンが守るべき職業倫理はもとよりロータリアンが人間として守るべき道徳、義務、責任がすべて書かれてあります。
 これを読んでいただければと思いますが読みにくい日本語でありますので簡単に解説をしたいと思います。
 第1条では、職業は社会に奉仕する機会として自分に与えられたものである。と考えなさい。と云っております。
 第2条では、”最もよく奉仕する者、最も多く報いられる“ という標語を実現させるためには、自己を
改善向上させなければならない。と述べています。
 第3条は企業経営者として成功したい。と思うのは当然であるが自分は道義を重んじる人間であるから、
道義、道徳を無視してまで成功しようとは、全く考えていないといいます。
 第4条は自分が企業活動によって金銭を受けとる時はそれに関わった全ての当事者が幸せになり、利益を得るものでなければならない。といいます。
 第5条では自分の職業の倫理基準を向上させる努力をしなければならない。といっています。
 第6条は同業者よりもより一層のサービスに徹すること。といいます。
 第7条では企業人として最も大切な財産は友人である。といっています。
 第8条、利益を得るために友人からの恩恵を濫用してはいけない。といっています。
 第9条、非道徳的、非合法的な手段をもって物質的成功をおさめることは許されないと述べています。
 第10条、ロータリーの真髄は、競走ではなくて協力である。
 第11条、人にしてもらいたいと思うことを他人にもしてあげなさい。と以上でありますが、最後の11条で聖書の黄金律が引用されているのはきわめて注目すべきことであると思います。

 この倫理訓は、当時のロータリアンに強い影響と誇りを与えたと云われております。
 日本のロータリーにも大きな影響をおよぼしました。
 大連R.C.の古沢丈作氏は、この倫理訓を毎日英語で口ずさんで、遂に暗誦してしまい、これを五ヶ条に書き改め、大連R.C.のロータリー宣言として発表しました。
 有名な大連宣言であります。
 第1条のみ引用させていただきます。
“我々は、まず企業人である前に、道義を重んじる人間であらねばならない。そして事業に自分の力をそそぐのはそれによって世の中がよくなることを目的としているからである。
 我々は、道義を無視してまで、事業の成功をめざす人間ではない。”
 今現在、日本で頻発している企業の不祥事とはあまりにも対照的な言葉であります。
 しかし、この宣言こそ、戦前の日本のロータリアンの職業奉仕における精神的バックボーンになっていたものである。と私は思います。
 つまり、日本のロータリーの真髄は職業奉仕の中にあったのであります。
 残念なことに、國際ロータリー理事会はこの倫理訓は有用性に一致を欠く、という理由で手続要覧からこれを抹消しました。
 1951年のことであります。
 以来、私達は職業奉仕のバイブルを文献として見ることが出来なくなりました。
 つまり國際ロータリーは50年前に職業奉仕を忘れてしまいました。忘れると同時に謙虚さも放棄してしまったのではないか、と思われる昨今であります。
  最後に職業奉仕と最も関係が深いとされる四ツのテストについて、お話をいたします。
 四ツのテストはシカゴR.C.の会員ハーバートテイラーによって考案されました。
テイラーは1930年、大恐慌によって倒産に瀕したアルミニューム会社の再建を、依頼されました。
 どのようにしたら、会社を救うことができるか考えに考えた末、作りあげたのが四ツのテストで、これを従業員に暗記させ、徹底させることによって会社は見事に立ち直った。ということは、皆さまよくご存知の通りであります。
 ハーバートテイラーは、1954年國際ロータリーの会長になり、“我が自叙伝“ という本を書いております。
 その中には、四ツのテストを考案した経緯が詳しく述べられておりますが、分かることはテイラーがすぐれた事業家であると同時に、非常に敬虔なクリスチャンであった。ということであります。
 まず四ツのテストは、神に対する祈りの中から生れたものである。と述べられ、そのすべては、旧訳聖書、エレミア書第9章に書かれている。とテーラーは云っております。
 高い教育を受けたり、高い地位についたり、お金を多く持っている。というだけでそれを誇ってはならない。と聖書の中で神はいましめておられる。
 その理由はこれらのものは墓の中に入ってしまえばすべて終りになる無常の定めでしかあり得ないからである。
 この世を去る最後の時、自分が満足できるものは?といえばそれは、自分が真実、公平、正義、隣人愛に生きたかどうか?ということのみである。
 つまり、四ツのテストの問いかけ通りに生きたかどうか?ということのみである。
 テイラーはこのように述べておりますが、このように考えますと四ツのテストは単に職業奉仕の分野にとどまらず、私達の私生活における生きざまにも強い問いかけをしているように思われるのであります。
 1954年テイラーは、テストの著作権を國際ロータリーにゆずり、以来テストは急速な勢いで、世界中に広まりました。
 100ヶ国以上の言葉に訳され、会社は勿論のこと、学校、病院、駅など公共の場にポスターやステッカーとして使用されるようになった。と言われております。
 全世界にさきがけて最初にテストを使用したのは、日本であります。
 福岡県の某高校は、教室にテストのポスターをかかげました。クラブのバナーに初めてテストを刻んだのは大阪R.C.であります。
 私は、次の世代を担う青少年のためにも、このテストの意義を強調したい。
 その理由はこのテストには、“何事でも人からして欲しいと望むことを他人にもしてあげなさい“ という黄金律の哲学がこめられており、この黄金律が未来を担う青少年にとって、いかに重要であるかは今更いうまでもないことであろう。
 ハーバートテイラーの言葉であります。
 時間も残り少なくなってまいりました。
 ロータリーの綱領は、有益な事業の基礎として、奉仕の理想を鼓吹し、これを育成することである。ときわめて短く述べられております。
 これをもっと簡単に云いますと、“ロータリーの目的は自分の職業の中に、奉仕の理想を育てることである。” となります。
 つまり私達ロータリアンは、自分のたずさわる職業活動の中に、奉仕の理想をとりこみ、適用する義務が科せられている。と云って良いでありましょう。
 さらに、國際ロータリー定款第5条には “ロータリークラブは善良な成人で職業上良い世評を受けている会員によって構成される。” と規定しております。

 奉仕の理想によって世の中が幸福になる。
 その幸せをめざして、日夜努力する。
 これがロータリーの究極の目的である。と私は考えております。

 “自分の仕事の中で、人のために良いことをした” という満足感がロータリーにおいて、私達に与えられる報酬であります。
 そして、ロータリーにおける報酬は、多くの場合、形にならない無形の報酬であります。
 私達の職業奉仕は無形の報酬の上に成り立っております。無形であるからこそ尊いものであり、無形であるからこそ心の中で光り輝いているのであります。

ご静聴ありがとうございました。

Posted by 事務局 at 12時30分

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