2016-2017年度　4月期

広島は1945年、原爆投下によるあの忌まわしい惨禍を経験した。広島の人達は被爆の悲惨さと平和の尊さを、被爆後60年経った今も世界に発信し続けている。
しかし、広島には原爆のほかにも、様々な、歴史上興味深い事象、伝説、民話、故事来歴が豊富に存在するのである。例えば、安芸の小富士、即ち似の島から、宮島にかけての広島湾ひとつとっても、色々なドラマ、歴史絵巻が展開されてきたのである。
有史時代に入って、いや、それ以前から人々はこの広島湾を船で往来してきた。平清盛は若い国司であった頃、音戸の瀬戸を開く土木工事を担当したのだが、この時、当時すでに神の島といわれていた厳島の美しさにひかれた。そして後に太政大臣になり、権力をほしいままに使えるようになったとき、厳島神社を造営した。日宋貿易で財政も豊かであったからでもある。清盛は京の寝殿造りの建築様式を取り入れ、宮廷でのみやびやかな弦楽、雅楽のほとんどの手法を導入した。
1164(寛永2)年、似の島から宮島にむけて、あかね色の帆船があの絢爛豪華な33巻からなる平家納経を持って通過したのである。納経の表紙である「見返し」の金箔、銀箔、群青、もえぎ色をあしらった装丁は国宝中の国宝である。管絃祭のおりには、幽玄な御座船が、大小の飾り船が宮島の大鳥居に向かった。
歴史がめくられ、毛利元就の時代には台風の中、戦の船団が似の島沖から宮島、包ヶ浦に攻め入った場面が登場する。1555(弘治元)年の厳島合戦である。戦国前期、下克上のさなか、大内義隆に謀反した陶晴賢を厳島、塔の丘(千畳閣付近)に討つべく、4千の兵で2万の陶の軍勢を奇襲し、勝利したのである。宮島にはいくつかの禁忌があって、死者を宮島で埋葬してはならないしきたりであるが、元就は戦死したおびただしい兵士を全て対岸に運び、荼毘に付した後、血で汚れた回廊を水で洗い、僧千人を配して読経、供養したのである。
1945(昭和20)年、8月6日、広島は一瞬にして阿鼻叫喚の生き地獄と化した。熱射、爆風、放射線によって、身を焼かれ、赤い肉が垂れた老若男女は逃げ場を失い、元安川や本川など広島中心部の川に身を投げた。屍は隙間のないほど川幅一杯になり、水を汲もうにも、隙間のないほどであった。宇品まで逃げた傷ついた被災者は、船で似の島、宮島に運ばれたが、つぎつぎに鬼籍に入っていった。翌、8月7日には、無数の死体は広島湾に流れ出て、似の島や宮島包ヶ浦に漂着した。
このように、広島湾には数々のドラマが展開されてきたのである。勿論、有史以前、神代の時代にも市杵島姫の命が似の島方向から厳島にやってきている。
2004年9月9日、風速60.2mの台風18号が広島を襲い、厳島神社の回廊、雅楽などが、破壊され、樅(もみ)の木はなぎ倒された。私は早速、宮島を訪れ、被害の実態を見て廻り、カメラに収めた。新聞報道もファイルした。そして被害から、ヒントを得て、「問わず語り」の一人称の文体で、「みやじま物語」を診療の合間に執筆した。その間、平家納経(平成16年10月20日)を見に行ったり、平清盛の栄華、盛衰、さらに源義経に関心を寄せた。歴史民族資料館で文献をしらべ、あのような台風は200年に一回くらい、それも南西から、西の風が襲う時に、厳島神社は破壊されてきたことがわかった。「毛利元就考」を執筆したおりにも何回も宮島を訪れているので、広島人なので、宮島についてのかなりの知識はあったが、今回も、宮島の人に歴史にまつわる噂、言い伝え、原爆の時の様子を聞いて廻ったりした。
中学、高校時代の知識が随分役立った。古文で習った平安時代の物語、万葉集、小倉百
人一首や、中学生物班で広島県の山野の植物、昆虫を求めて散策したこと、大学時代、ヨットに乗って、広島湾をいつも帆走していて、すなめり鯨に出合ったりしたことが、そしてまた、被爆体験が広島のドラマを考えるうえで、随分役に立った。
宮島の歴史、民話、風習、神社仏閣などを<覗き眼鏡>を介して紹介。
宮島の地理、厳島神社の建築様式、禁忌、生活習慣を調べた。
1人の巫女を通じて<問わず語り>のかたちで、話をすすめた。
毛利元就考で書ききれなかったことを書いた。
戦争の歴史、戦いの歴史、庶民の歴史、文化の歴史にポイントを置いた。
源平合戦、厳島の戦い、原爆時の宮島。神代の話。