- 本日のプログラム
- 新会員卓話「自己紹介」
- 卓話者
- 淀江晃太郎君
- 担当
- プログラム
- 祝事等
- *入会月会員(3名)
- 会長時間
- ◎ロータリー寛容の精神について
- 幹事報告
- ◎BOX配布物の確認
①会報3月号
②「マイカー乗るまぁーデー」PR活動&献血支援活動ご協力のお願い
◎100万$食事(幹事告知)
◎会員データ確認書未提出の方は本日が締切ですので必ず提出してください
◎次年度第2回クラブアッセンブリーのご案内を4/15にメール及びFAXでお知らせしておりますので、関係者の方はご確認の上5/1迄に出欠回答をお願いします。
(次年度理事役員・委員長・入会3年未満会員)
◎4/26(日)14RC合同ゴルフ大会の組み合わせ表を参加者に4/14にメールでお知らせしておりますのでご確認をお願いします。
◎5月18日プログラム変更のお知らせ - 理事役員会
- ◎例会終了後12F「カーネーション」にて第5回次年度理事役員会開催
◎例会終了後ロビーにて次年度親睦・SAA合同ミーティング開催
◎18:30~リーガトップにて第1回がん予防啓発推進委員会開催 - 委員会報告等
- ◎出 席 : 出席報告
◎ロータリー財団委員会 : 愛のコイン箱
◎奉仕プロジェクト委員会 : 「マイカー乗るまぁデー」PR活動&献血支援活動のお願い
◎地区大会実行委員会 : 次年度地区大会ブレザー作成報告
卓話時間
新会員卓話「自己紹介」
淀江晃太郎君
私は昨年の10月6日に戸田会長、山野井さんにご推薦いただき、広島中央ロータリークラブに入会させていただいた淀江晃太郎です。本日は自己紹介の機会を与えていただき誠にありがとうございました。
今日は、現在の私の職業を中心に生い立ち等をご紹介させていただきます。
私は現在バイオガイアジャパン株式会社に勤務しており、主に学術的な支援、製品の輸入業務、品質や表示の管理を担当しています。バイオガイアジャパン株式会社の親会社はスウェーデンのストックホルムにあり、我々日本法人は100%子会社になります。バイオガイア本社は1990年に設立され、有益菌の1種であるロイテリ菌という乳酸菌を世界中に供給するバイオテクノロジーの会社です。
実際には多くの国際特許を取得したその乳酸菌を生きたまま錠剤、チューインガム、液体、ストローなどに配合して商品化し、主に医療分野にご紹介しています。医療分野での展開となると、当然その科学的根拠を示す必要があり、安心してご使用頂くべく安全性や効果に関する臨床試験を137症例(2015年2月時点)行っています。
私の前職は旧大野町にある乳業メーカーの開発部門に勤務しておりました。そこで現職のバイオガイアが供給する乳酸菌を使用したヨーグルトの商品開発をしていた関係でスウェーデン本社とは親しくお付き合いしていました。また、その頃は海外出張も多くなり、海外で仕事をしたいという気持ちも高くなっていた頃バイオガイアから日本法人設立に声をかけていただき、勤務先の創業家筋の野村とともに9年前の2006年にバイオガイアジャパン株式会社を立ち上げました。以前は乳酸菌のユーザーであったのがこれを境にサプライヤーに変わったわけです。
しかし、ある程度の知名度のある会社から名前も知られていない北欧の企業に移ったわけで、全くのゼロからのスタートでした。本社は既に医療分野での市場を築いておりましたが、乳業分野の出身者しかいない日本法人にとって医療分野への進出は大きな挑戦となりました。大変な苦労もし、もがき苦しみながらもいろいろな御縁により、今までは点でしかなかったものがだんだん線になってまいりました。未だ志半ばではございますが、確実に前進を続けて現在に至っています。
さて、私自身の生い立ちでございますが、1956年(昭和31年)8月5日に山県郡の旧芸北町にて生を受けました。中学校の教員であった父親の転勤により5歳で旧戸河内町に移り、8歳で旧千代田町に移り小学校と中学校の7年間をそこで過ごしました。
中学時代は、父親も同じ中学校で教員をしていましたのでとてもやりにくかったです。良い子でいなければならないと自分に言い聞かせるようにして、実際そのように振舞っていました。高校受験の際は、田舎ゆえのずっと同じ顔ぶれとなりそうなので、心機一転親元を離れ、広島の高校に進学しました。当時ですから自宅からの通学は困難のため、親戚の家に下宿させていただいたわけですが、両親の目が届かなくなったことをいいことに全く勉学に励むこともせず、バイクに乗ったりしていました。思えばこれは中学校時代の裏返しでこの6年間は精神的にも少し屈折していたように思います。
しかし、大遊びをしながらでも時間は刻々と過ぎ大学受験の時期となりました。勉強していませんので当然浪人生活を余儀なくさせられ、何とか大阪にある大学の農学部に入学することになりました。
中学、高校の6年間は剣道部に所属していましたが、いい加減飽きていたので大学では幼少時から親しんでいたスキー部に所属しました。しかし、このスポーツにハマりまくって、またしても勉学を疎かにして合宿や用具代稼ぎのためにバイトの毎日を過ごしました。日々のトレーニングに加え夏は立山でスキー合宿、冬や春は信州の各スキー場での合宿を行い年間滑走日数は優に60日を超えていました。
勉学は別としても充実した大学生活ではありましたが、就職の時期は容赦なくやってくるわけです。そんな時、募集の掲示板に広島の乳業メーカーから開発部門の募集がありました。しかも、その企業は私の生まれ故郷でスキー場も経営しているのを知っていたので、当時スキーにアタマを打っていた私は少し興味のあった自然科学分野の微生物と関わることができ、趣味のスキーが楽しめる一石二鳥ということで給料少しは安いなと思いながら企業に就職しようと決めました。
就職をしてからは、さすがに微生物と深く付き合うことになったわけですが、目に見えない彼らと対話をしていくのは大変でした。毎日培養しては顕微鏡を覗いて健康状態をチェックしていましたが、常に乳酸菌のベストの状態を維持して、それを利用した製品を製造することは大変でしたが、そのお陰で現職に移ることもでき、その経験を活かして自社商品を展開するうえでの学術支援ができるようになったと思っています。
私生活においては30歳前に同じ職場で出会った女性と結婚しましたが、子供はいません。しかし、それぞれの親も80歳超えですからそのケアにアタマを痛めているところです。
また、大学時代からのめり込んでいたスキーですが、グループ企業のスキー場を中心にインストラクターやパトロール(スキー場の安全対策やけが人の救護活動)の公認資格を取得して、週中は乳業、週末はスキー場の生活をしていました。
しかし、現職に移る頃から仕事も忙しくなり、海外出張も増えたことからスキーも疎遠になってきました。その代わりといっては語弊がありますがバランスをとるスポーツということで大型バイクのリターンライダーになりました。
そのような中、いろいろな御縁からロータリー入会のお誘いがありましたが、それまで全く興味もなく、入会の意思もありませんでした。しかし、いつのまにか手続きが進んで、気付いてみれば広島中央ロータリークラブにお世話になることになりました。まだ会員の皆様のお顔を少し覚えたくらいですが、異業種の方々との交流を楽しんでいるところです。
そのような中、私がスキーにご無沙汰ということで山野井さんに誘っていただいて10数年ぶりに板を履くことができたのもそのお陰だと思っています。
これからも楽しく活動していこうと思っていますので、どうかよろしくご指導下さい。