- 本日のプログラム
- クラブフォーラム(国際奉仕)
- 卓話者
- 国際奉仕 : 太田院長
卓話者 : 尾形 聡君
フォーラム : 各テーブルで国際奉仕について協議 - 担当
- 国際奉仕
- ゲスト
- 米山奨学生 : 盧 尚 逸君
- 黙祷
- 広島西南RC所属 田渕昌隆会員(木野川紙業(株)取締役特別顧問)が病気療養中のところ、1月28日(火)にご逝去されましたので、お知らせいたします。(77歳)
- 祝事等
- 誕生会員(10名)
配偶者誕生日(5名)
プライベート記念(1名) - 会長時間
- 本日はクラブフォーラムで、国際奉仕がテーマとなっています。ロータリーに於ける奉仕活動は五大奉仕となっています。それではこれらの奉仕はどの様に醸成されて来たのでしょうか。
1926年日曜日シドニー・パスカルとビビアン・カーターがロンドン郊外の森を散歩中、パスカルはカーターにロータリーの綱領を十分理解しているロータリアンは少ない気がすると話しました。パスカルは「ロータリーのあらゆる活動を半ページほどにまとめられるはずだ」と考えたのです。二人はロータリーが三車線道路に似ていると結論付けたのです。ロータリアンがクラブで奉仕できる車線、職業で奉仕する車線、そして地域社会で奉仕する車線です。現在の三大奉仕に当たります。彼らはこれをThe Aims and Objects Plan目標設定計画と名付けました。英国とアイルランドのクラブはこれを採択し大いに役立ったといいます。翌年国際ロータリーはビビアンをシカゴに招き理事会で説明するよう依頼したのです。
一方、国際奉仕の萌芽は1921年のエジンバラ大会で加えられた綱領ですが、最終的には1928年ミネアポリス大会でそれまでの三大奉仕、クラブ奉仕、職業奉仕、社会奉仕に加えて国際奉仕が入り四大奉仕となったのです。
ここで四大奉仕を纏めますと、クラブ奉仕:会員はロータリーについての教育を受け、親睦が推奨され、各種委員会がクラブ運営を司る。職業奉仕:会員は各自の職業で、倫理、奉仕、指導力向上という組織の理想と結ばれる。社会奉仕:奉仕の真髄であり、ここで世界のあらゆるロータリー・クラブが地域社会良き隣人として行動する。国際奉仕:各国の地域社会を超えて各国間の平和、飢餓・苦痛・病気の解消を図る。というものです。国際奉仕は最も後で加えられたものですが、先進国の立場からは重要な位置を占める様になったのです。
現在ではこの四大奉仕に青少年奉仕が加わり五大奉仕活動となったのです。
本日のフォーラムを期待します。 - 幹事報告
- ●BOX配布物の確認
①雑誌類=ロータリーの友誌・ガバナーズレター
②「エコ・ドリーム運動」1月分取組表
③「抜粋のつづり-その七十二」
●例会のおしらせ
2/10は定款第六条による指定休会日の為、例会はなし
2/17は広島特別支援学校訪問例会
●支援学校訪問出欠回答及びバス利用アンケート
バス利用アンケートの未回答が多数なので、必ず記入のこと - 理事役員会
- ・本日例会終了後12階「フリージア」にて理事役員会開催
- 委員会報告等
- ・出 席 : 出席報告
・広 報 : ロータリーの友紹介
・人間尊重、社会奉仕 : 「エコ・ドリーム運動」12月分取組結果報告及び1月取組表作成
卓話時間
クラブフォーラム「国際奉仕」
尾形 聡君「パラオへの国際貢献について」
国際奉仕クラブフォーラム
国際奉仕 委員長 太田 茂
国際奉仕クラブフォーラムとして、本日お話を頂く会員の方は尾形聡先生です。
尾形先生は以前からパラオにおいて国際奉仕活動をなさっておられ、身を以て国際奉仕の実際を体験なさっていらっしゃいます。今回、先生の今までのご経験をご披露頂いて、我々のこれからの国際奉仕の在り方について考えてみたいと思っております。
先生宜しくお願い致します。
「パラオへの国際貢献について」
尾形 聡
本日は会員歴が3カ月あまりと最も会員歴が短い私が皆様の前でお話しさせて頂くこと大変光栄に思います。
まず初めに本日配布されたロータリーの友の2014年2月号15頁に書いてあります川口北東RCからパラオへのゴミ収集車の寄贈の記事をご覧ください。全国の自治体からパラオへの中古のゴミ収集車の寄贈の申し出はたくさんあるのですが、輸送費の70万円やメンテナンスの費用がネックとなり立ち消えになったところをたくさん見ています。我々が尾道からゴミ収集車を送った時も大変な費用がかかりましたが、さすがRCだなと思う記事です。
パラオ共和国は広島の真南、フィリピンの東方に位置する大小約270の島々からなる海洋国家です。1914年から1945年まで日本の委任統治領であり、パラオには南洋庁が設立され日本統治の最先端の島でした。1941年にはパラオ人4700名に対し日本人17000人が居住し、現在のパラオ人は多くの人が日本人の血をひいています。日本政府は商用漁業の発展、森林開発、保健医療と生活水準の向上、リン鉱石やボーキサイトの採掘など、南洋資源の開発と経営に取り組みパラオの歴史の中で日本統治時代はパラオが最も豊かな時代でした。 パラオは1994年にアメリカから独立し、公用語は英語、パラオ語で、75歳以上は日本語は堪能です。現在人口は約2万人で小・高校生が約4000人、中国・フィリピン・台湾からの出稼ぎ労働者が約1万人、残りの 大人6000人のうちの約半数が糖尿病で、 平均寿命は67.75歳という統計があります。パラオの海はとてもきれいで、海岸はどこに行ってもコバルトブルーとエメラルドグリーンの海岸線、海の中の水は空気の様で、日本ではなかなか見れない色とりどりの魚群が空中に浮かんでいるように見えます。伝統文化や戦時中の遺品も残されており、幅広い年齢層の日本人が毎年パラオを訪れています。
パラオでは、日本人が設立したDolphins Pacificというイルカの保護を行うNPO法人が、環境教育活動、イルカ介在活動、環境保護活動を行っており、日本のさまざま教育機関から研修を受け入れていますので、学校関係者の方は興味があればご相談ください。
パラオでは日本軍が作った幹線道路の補修工事や大規模な橋の建設など多くの日本の税金が使われています。当初私はこれに批判的でしたが、結局はそのお金は日本企業に流れるため、日本の経済発展にも貢献し世界での地位向上にも役立っていると感じるようになりました。しかしながら現地の人の役に立っていない物の提供やや単発の設備の押し付けなど無駄も多く、継続可能でパラオ人が本当に必要としている援助をしていくことが大切だと思います。パラオ政府の予算も限られており、パラオの予算を圧迫するような事業はするべきではありません。
こういった観点で私はNPO法人日本パラオ協会からプロジェクトマネージャーとして日本国際協力機構(JICA)の草の根技術協力事業(草の根協力支援型)に約1年かけて応募し、2005年11月から3年間(滞在は最初4カ月、2年目と3年目は10日間ずつ)「パラオ共和国での学校検診実施のための技術協力 」という国家プロジェクトを行ってきました。対象者は小学生・高校生約4000人で、予算は約400万円です。米国式のフィート、インチ、ポンドなどが浸透しているため、日本の資機材はそのままでは全く役に立たず、現地で資機材を購入したり、単位や表示を研究して米国表示に変更して道具を使いました。
パラオでの活動では、
● 現地の人は10分働いて50分休みます。
● 日本で1週間でできることはパラオでは1カ月以上かかります。
● 時計は持たず、メモも取りません。8時59分まで8時です。
● いろんなものを買ってもパラオ人はお金は払いません。すべてこちらから寄付または前払いの金銭を要求されます。
● 寄付したものは見つけた人が家に持って帰ります。
● 担当者が帰国すると元通りになってしまいます。
● パラオでの活動は8割がた腹が立ちますが、5回に1回くらい本当にうれしいことがあります。
● こんなにいい加減でも人間は生きていけるのだと日本に帰ってから人間が一回りも二回りも大きくなります。
という文化の違いにとまどい、ただただ一生懸命やるだけでした。
パラオでの検診結果ですが、日本と比較し10倍以上の異常が子供にみつかりました。学校給食はハンバーガーやコーンビーフなど輸入品の脂たっぷりの軽食ばかりで、パラオで取れる野菜や安価な魚はほとんど使われていません。今後は個人的に続けている検尿試験紙や透析患者への消耗品の支援のほか、このような状態を改善するためにパラオ流アレンジの学校給食のメニュー開発 や学校での食育指導、学生の海外ボランティア体験事業などを現地のロータリークラブや政府、日本のNPOなどと一緒に手掛けていきたいと考えています。
ご清聴ありがとうございました。